大谷翔平の出身中学校や小学校はどこ?クラブチームまで紹介!

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今回は、「大谷翔平の出身中学校や小学校はどこ?クラブチームまで紹介!」と題してお届けいたします。

MLBで日本のプロ野球選手で活躍している大谷翔平選手ですが、ピッチャー、バッター、走塁の3拍子揃っていますね。

高校卒業後に日本ハムファイターズに入団して即活躍していますが、出身中学校や小学校がどこなのか気になったので調べて見ました。

プロ野球選手の多くが、小さい時からクラブチームに入って野球をしているので、大谷翔平選手はどうだったのか合わせてご紹介していきますので、一緒に見ていきましょう。

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大谷翔平の出身小学校は?

大谷翔平選手の出身小学校は奥州市立姉体小学校です。

この小学校は、奥州市の姉体(あねたい)の地域にあります。

この奥州市は、私立の小学校はなく住所によってどこの小学校に入るか決められています。

大谷翔平選手の家族は、奥州市の姉体に住所があることになりますが、姉体は広いのでご自宅の特定は難しいと思います。

ここ10年くらい前からでしょうか、「マイアネタウン」という場所ができて静かな住宅街になっています。

もしかすると、この住宅街から姉体小学校に通っていた可能性があります。

>>大谷翔平選手の家族は高身長<<

姉体小学校には特別なメッセージ

この小学校は、現在大谷翔平選手の活躍をたたえて、大きな垂れ幕で応援メッセージを掲げています。

そのメッセージが、「頑張れ!大谷先輩 僕らの希望」とありました。

姉体小学校に通う住民や小学校の関係者からの寄付で、出来たものだと思います。

それにしても大きな盛り上がりですね。

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大谷翔平の出身中学校は?

大谷翔平選手が通っていた小学校は姉体小学校でしたが、出身中学校は奥州市立水沢南中学校になります。

姉体小学校から水沢南中学校までは結構離れています。

調べてみたら7kmも離れていました。

大谷翔平選手の自宅がどの辺かはわかりませんが、姉体小学校付近でしたら自転車で毎日通っていた思います。

この水沢南中学校は、大きな中学校で大谷翔平選手がいた時には1学年が20クラスもあったと言われています。

そうすると1クラス40人で考えた場合、1学年で800人もいた事になりますね。

中学校全体で考えたら、約2400名になります。

凄いマンモス中学校だった事がかわかりますね。

現在、少子化の時代と言われていますが、現在も水沢南中学校はマンモス学校として知られています。

この奥州市には、3校の中学校があります。

水沢中学校、水沢南中学校、水沢東中学校がありますが、その中でも大谷翔平選手が卒業した水沢南中学校現在の在校生は550名に成っています。

中学校での部活は?

大谷翔平選手は中学校では軟式野球部に入部していましたが、中学1年生まではリトルリーグと中学2年生からリトルシニアで野球をしていました。

このリトルシニアの練習や試合が土日に成っていましたので、中学校での部活活動はあまりしていなかったそうです。

その理由は、中学校の野球部顧問の先生からリトルニシアに専念して良いと言われたようです。

リトルシニアのボールは硬式ボールを使用します。

それに対して、中学校での部活動は軟式ボールです。

以前から硬式ボールを使用している人は軟式ボールの様な軽いボールを使用することはよくないと言われています。

どうしても、ボールが軽いので投げやすく投げすぎると言われています。

リトルシニアで活躍を考えていたと思うので、中学校での部活はあまり力は入れたくはないと思っていたかもしれませんね。

中学3年生の時には身長が180cmを超えていたそうです。

大谷翔平選手の現在の身長が193cmですから、それから13cmも更に伸びたのも驚きですね。

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大谷翔平の出身クラブチームは?

小学校、中学校と見てきましたが、大谷翔平選手は実際いつから野球をしてきたのか気になる人も多いのではないでしょうか。

それが、大谷翔平選手が小学校2年生の時に地元「水沢リトルリーグ」に入り野球をはじめています。

地域性も有ると思いますが、リトルで野球をする選手もいれば軟式ボールから始める人がいます。

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水沢リトルリーグの監督は父親

大谷翔平選手は、父親が水沢リトルリーグのチーム監督になっていたようです。

そんなこともあり、リトルリーグの道に進んだ事になりました。

もしかすると、大谷翔平の父親が監督に成っていなければ、現在メジャーで活躍している大谷翔平を見ることは出来なかった事になりますね。

水沢リトルの監督だった、大谷翔平選手の父親(徹)の選手を起用する場合、同じ実力の場合は息子を使わなかったようです。

息子を優先的に試合出場をさせる親が多い中で、しっかりとした考えを持っていました。

とはいえ、自分の息子がベンチいるのは嫌だと思います。

大谷翔平選手と父親は、全体練習が終えた時など個別に野球指導をしていたと思いますね。

父親の徹さんは、高校の時はピッチャーをしていたことも有り、息子にピッチャーノウハウを教えています。

小学5年生での球速は?

大谷翔平選手は小学校5年生の時にはピッチャーとして110kmの球速を投げる事が出来るように成っていました。

小学生で110kmを投げる選手なんて聞いた事がありません。

よほど、練習とセンスが良かったのではないでしょうか。

小学6年生で活躍

大谷翔平選手ですが、小学6年生では水沢リトルが県の代表チームとして優勝して、東北大会にも出場をしています。

この東北大会の決勝戦では17奪三振を取り優勝。

全国大会出場を果たしています。

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中学で一関リトルシニアに所属

小学校を卒業し、中学校に進みますがリトルシニアでプレーをすることになりました。

大谷翔平選手は、地元のリトルシニアに入らず隣りの一関市にある一関リトルシニアに入団しています。

この一関リトルシニアで練習や試合をするために、車で片道1時間かけて父親に乗せられて移動をしていました。

父親の徹さんもコーチとして野球の指導をしていたそうです。

往復2時間の移動は結構大変だったのではないでしょうか。

大谷翔平選手はリトルシニア時代には、エースとして130km球速を投げていました。

日本のプロ野球選手のピッチャーでも130キロ台のいる中で中学校で既に投げてしまうのは、

驚異的ですね。

ピッチャーとして、開花させた大谷翔平選手ですが中学1年生の時にとんでもない事をやってしまいます。

バッターとしても開花

一関リトルシニアに入団して、福島県の合宿でのエピソードがをご紹介します。

合宿の練習でセンターオーバーの場外ホームランを打ったようです。

そのボールは、信号機にあたり信号機を壊してしまったとんでもない距離が飛んだと

騒がれたようです。

大谷翔平選手のバッティングが凄いのは中学校の時代からあったのは、驚きですね。

打撃練習の秘話

大谷翔平選手ですが、練習でもかなり凄い秘話があります。

打席に入り、バッティング練習をするとライトに引っ張ると川が流れていた為、ホームランでボールがなくなってしまい引っ張る事を禁止されたようです。

その後、センターやレフト側に打つ練習をすることになりますが、レフトに流し打ちでもホームランを連発する様になったようです。

一般の人は、引っ張る事は出来ても流し打ちが出来ないと言う人は多くいます。

でも大谷翔平選手は簡単にやってしまったようです。

左右に打ち分けるバッティングは、簡単そうに見えますが結構大変で父親の徹さんと一緒にバッテイング練習をしたのではないかと思います。

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まとめ

いかがったでしょうか。

「大谷翔平の出身中学校や小学校はどこ?クラブチームまで紹介!」と題してご紹介してきました。

大谷翔平選手の出身中学校は、奥州市市立水沢南中学校でした。

そして小学校は市立姉体小学校です。

そんな大谷翔平選手ですが、小学2年生からリトルリーグで野球を初めて、中学では隣の一関市まで車で片道1時間かけて一関リトルシニアのクラブチームに通っていました。

リトル時代の指導者が父親の徹さんです。

小さい時の指導は、基本がシッカリ出来ていなと中学、高校のプレーに大きく影響しますので、今のMLBの活躍は幼い時の父親の指導のお陰だと思いますね。

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